訳なんてない

たまに書いてみます

人間の「振れ幅」を描き出す「家、ついて行ってイイですか?」

「家、ついて行ってイイですか?」については昨年1月の初レギュラー放送の最終回前にも数少ないエントリのひとつとして記しました。

その後、私の期待に応えてくれて不定期ながら、放送枠も深夜枠もあればゴールデンもありとまさに「流浪の番組」を、終電後以外のシチュエーションも挟みつつエッセンスを変えずに続いている。

業界的にも新しいフォーマットとして受け入れられているのか、もはやこの番組のフォロワーといえるような素人直撃番組、他局でも見られるようになってきた。

この番組の面白さについては、稀代のテレビウォッチャーてれびのスキマさんが最近記事を書かれており、もうこれを見ていただければ自分の言いたいことほとんど書かれているのですが、

7/3放送の同番組に登場した「出会い系で知り合った男と会う約束をバックレされてヤケ酒を飲んでた29歳女性」のエピソードがこの番組の真骨頂ともいえる、とてつもなく心揺さぶられるエピソードだったので、自分なりに書き記しておきたいと思いました。長くなるので興味のある人だけ続きをお読みいただければ。。

−−−−−−−−−−ここから−−−−−−−−−− 

終電後の舞台は池袋、一人ベンチに腰掛ける女性。何をしていたのかディレクターが尋ねる。

「出会い系で知り合った人にバックレられて、暇なんで御茶ノ水から歩いてきたら靴が壊れちゃったんで」

実家住まいという女性の家にタクシーで向かう。アルバイトを期間満了で1月に辞めて現在求職中。この日は駅に着いたという男性に場所を伝えた後、バックレられたという。

家に上がると玄関の時計は止まっていて、2階へ向かう階段はホコリだらけ。彼女の部屋に入ると洗濯物はベッドの上に放置されタンスは開けっ放し。酒を飲みながらこの日バックレた男性に「クッソムカつく…」と悪態をつく。

ここまで見れば「実家で自堕落な生活を送るモテない女性」というイメージを大半の人が持つのではないだろうか。

しかし彼女の部屋の棚から「民法」の本が出てきて、民法を勉強した理由を話しだした途端、彼女に見ていたイメージが激変する。

民法の本は26歳で突然倒れ、要介護5の状態になった父親のために勉強したもの。居間に降りると介護用ベッドに寝る半身不随の父親が。起きだした父親に優しく声をかける女性の姿を見ながらこのスペシャルから初めて収録に加わったチュートリアル徳井がまじまじとつぶやく。

「この番組すごいっすねぇ」。

さらに食器棚には「食べ物を食器棚に入れない」と張り紙が。これはボケてしまった祖母のためだという。寝室で寝る祖母に布団をかけ、「これが二人目の介護です」と淡々と紹介する彼女。

23歳で介護が必要となった祖母のために自身は正社員からパート社員に働き方を転換。父親・弟と3人で祖母を支えるうちに、父親が倒れてしまった。父親を介助するために彼女は居間の父親のすぐ隣で、簡易ベッドで寝る。

ここでベッドの上で放置される洗濯物のワケを知る。玄関で止まった時計も、ホコリまみれの階段も、他により力を傾ける必要があったことがわかる。

「金銭的にはどうなのか」と聞かれ「家族で400万円くらいの収入があるから一般的な家庭くらいの収入はある」と話す彼女。遊びに行くのは月に1回か2回くらい。その時だけ趣味のネイルを自分で施して遊びに行く。

恋愛事情を聞かれると「社会に出ていないから人並みの恋愛は諦めている」と話す。「だから出会い系だとかになっちゃうかな」。

出会い方として良いイメージを持たれることのない「出会い系」。彼女がそれを利用するのには切実な理由があったことをここで知ることになる。

「介護ってどうなんですか?」と問うディレクターに「二人を介護することを20代で背負わなきゃいけないって他の人から見て大変に見えるんですかね?」と問い返す女性。

「僕は大変に見えました」と率直に返事をするディレクター。それに対して彼女はこう言う。「親やおばあちゃんなど、自分より上の人を背負ったことのない人のほうが多いんじゃないか。だから大変に見えるんじゃないか」「でも背負っちゃえば意外と重くない」。

自身の性格もあり「家族がよりどころだった」彼女にとって「私の言葉に返事してくれる意識のないお父さんは大事なお父さんだから」。

夜が明けるころ、これからの夢について聞かれると「自分の家族が私と家族でいてよかったと思ってくれる人生であること。死ぬときに『はなこが家族でよかったな』って思いながら死んでくれること」と涙なく話して、取材は終わる。

−−−−−−−−−−ここまで−−−−−−−−−− 

私の文章では上手く伝えられないかもしれませんが、、単に「出会い系の男にバックレられて終電を逃した女性」だけでも、「仕事も恋愛もそこそこに家族の介護に人生をかける女性」だけでもない。この2つの状況が掛け合わさることでその人の多面的でリアルな姿が浮かび上がってくるのです。

特にこのエピソードは自分と年齢がほぼ変わらない女性が、一般的に見て「大変」としか言いようのない状況のなかで、家族のことを真剣に想って生きる姿に心を打たれてしまいました。家族で年間収入400万で二人の介護しつつ生活する、ということは事も無げに話していたけれど、大変でないということはないはず。翻って自分は一人でそれよりは上の収入を得て自由な独身生活を送れているのに、常に何かに不満で何かが足りないと思いながら、特に大きな行動をすることなくなんとなく生きている。もしかしたら彼女もこの数年間、何度も考えがグルグルと廻った上で、今彼女を支えている結論なのかもしれないけれど。それでもこういう思いを持って行きていくというのはステキだなと思います。何だか本当に自分が小さく感じられた。

このエピソードの前に出てきた奇抜なスタイルをする40歳の脳外科医もびっくりエピソードでそれはそれで面白いのだけど、この番組の場合は見るからに面白いルックスとかすごい経歴があるわけでもない普通の人から発せられるざらついたリアル感こそが最大の魅力だなと改めて思うわけです。こういう番組をパイオニア的に作れるのが今のテレ東だよなぁ。

もし見られる環境にある人は、是非一度、見てみてください。

 

TVディレクターの演出術: 物事の魅力を引き出す方法 (ちくま新書)

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 この「家、ついて行ってイイですか?」をはじめ、数々の独自色の高い番組を創り出している方の著書。この番組の制作秘話も知りたいなぁ。それこそてれびのスキマさんによるインタビューなんかが見たい。